宇波彰現代哲学研究所

多種多様な「知」の交流を通じ文化創造との実践的な橋渡しをめざし、新たな学問分野の開拓を行う研究機関のブログです。

宮本三郎と靉光の戦争画

 このタイトルを読んで、少なくとも以下の二つの疑問を抱く読者がいるのではないだろうか。第一のものは、宮本三郎は数多くの戦争画を描いたが、靉光は戦争画を描かなかったではないかという疑問である。確かに、靉光は一般的に戦争画と言われる作品を描かなかった。しかしながら、靉光の妻であったキエ夫人が、「(…)戦争画を描くのに多くは、軍人や大砲を描く、石村に言わせれば、それが蜂であってもいいじゃないか。素材の違いはあるにしても、自分は戦争の絵を描いているのだと、よく言っておりました」(靉光の本名は石村日郎である)述べているように、彼の絵は一般的なカテゴリーでは戦争画ではないが、それを戦争画と見なすことが十分に可能な時代的、テーマ的、絵画構成的な何物かが存在していると私には思えるのだ。
 第二のものはこの二人の絵を比較する積極的な理由が存在するのかという疑問である。二人の画家は共に十五年戦争の時代に生きた画家である。しかしながら、自主的に作戦記録画を描いた宮本三郎と、そうした絵を描こうと思っても描けなかった靉光とは戦争画という視点から見た場合に、まったく共通性がないと述べても過言ではないだろう。だがそうであるからこそ、こうした対極のある二人の戦時中の絵画作品を比較することで、今迄見ることができなかった戦争画に関する何らかの側面に照明を当てることができるのではないか。私にはそう思われたのである。 

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